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2009年7月

胎内記憶 その2

甥っ子が私の部屋に一人で遊びに来たので、
この機会にと思って、もう少し突っ込んで聞いてみた。

お母さんのお腹に来る前のことは覚えてる?
と聞くと、
覚えてるけど〜、基本的に〜、………ともったいぶる。

で、結局、誰かと手をつないでいた。
ということだけ分かった。

もしかして兄弟が生まれる予定だったのかな?
と思ったりする。
そうなら私は嬉しいけど、
姉は膠原病を患ってるので、これ以上の出産は難しいと思うけど。

  
とにかく「お母さんのお腹の中は暑かった」と言うので、
早く出てきたかったの?
と聞くと、
うん、と言う。

  
それで、どうしてお母さんのところに来ようと思ったの?
と聞いた。

すると、
お母さんが好きだから。

と言う。

  
  
これはものすごく母親にとっては嬉しいことだろうな。
姉に言ったらそうなの?って笑ってたけど。

  
甥っ子は自閉症だから、
好きとか言う概念は分かりづらい、と昔聞いていたので、
私としては彼の口から
自然と好きって言う言葉が出てきたことが、すごく感動的だった。

  
色々教えてくれた甥っ子の滞在もあと少し。
また次いつ会えるか分からないので、
いっぱい触れ合っておこうと思う。
  
  

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胎内記憶

ゆうべ甥っ子に、
小さい頃のこと覚えてる?
と聞いたら、
覚えてるよ。と言うので、
私が奈良のお家行ったこと覚えてる?
と聞くと、
覚えてるよ。と言う。
じゃあ、もっと小さい頃のこと覚えてる?
と聞いたら、
どんなこと?と言うので、
お母さんのお腹の中にいたこと覚えてる?
と聞くと、
覚えてる。と言う。

覚えてるんだ!と私はちょっと興奮して、
でもそれを抑えて、
お母さんのお腹の中どんなだった?
と聞いたら、
暑かった〜。
と言う。

これは世に言う胎内記憶だ!と思った私は、
姉に言うと、
姉はホント〜?とちょっと半信半疑で甥っ子に、
お母さんの声聞こえてたの?と聞いた。
甥っ子は、聞こえてたと言う。
じゃあおばちゃん(私)の声は?と聞いたら、
いっぱい聞こえてた。と言う。
お父さんの声は?と聞くと、
一回聞こえた。と言った。

  
甥っ子がお腹の中に居る時、よく音楽を聴かせていたので、
音楽は聞こえてた?と聞くと、
ビブラフォンが聞こえた。と言う。

ビブラフォン?
誰もそんなの教えてないのにそんな言葉が出てくるとは。

ビブラフォンの音楽なんて聞かせた覚えがないけど、
もしかして坂本龍一の音楽でそんな感じのがあったかもしれない。

  
あまりしつこいと答えてくれなくなると書いてあったのを思い出して、
それ以上聞かなかったけれど、
ホントは早く出てきたかった?とか、もっと聞きたかったな。

下の姉にそのあとskypeで報告したら、
私も聞きたい!早くこの子(もう一人の甥っ子)大きくならんかな〜!
と興奮していた。
  
  
今朝姉が、あれ?ビブラフォンって言ってたっけ。それって楽器?
って聞いてきたので、そうだよ。と言ったら、
姉は、さっちゃん(甥っ子)、ホントに聞こえてたの?と言った。
甥っ子は聞こえてたよ〜〜。と反論。
私は、だめだよ疑ったら答えてくれなくなるから。とたしなめた。

  
嘘をついてるようには思えないし、
ホントに覚えてるんだろう。

不思議な体験だった。
私ももし子供を持つことがあったら、
是非聞いてみたいなと思った。

  
  

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「ダメ」

今、自閉症の甥っ子が姉とともにうちに滞在している。

一年ぶりに会う甥っ子は、本当に大きくなっていて、
顔もしゅっとして男の子!って感じになっていて、
ああ小学生になったんだな〜って、しみじみ思った。

  
甥っ子は自閉症だけれども、
自閉症と思えないくらい普通に見える。
こだわりもそんなに気にならないし、
言うこともむしろ真実を突いていて
鋭いツッコミのようで、面白いくらいだ。

  
でも、やっぱり時々自閉らしき性質が出る。

特に、気をつけなければいけなかったのは「ダメ」という言葉。

ついうっかり忘れてたのだけど、
この言葉を(どんなシチュエーションであれ)言われると、
存在を全否定されたような落ち込みを感じるのだそうだ。

せっかく洗い物の片付けの手伝いをしててくれたのに、
ふきんの使い方でちょっとしたことなんだけど、
「あ、それはダメ」って言っちゃったもんだから、
甥っ子はだんだんうなだれていって、
とうとう凹んでしまった。

慰め(?)の言葉をかけるも、
うなづくはうなづいてくれるけど、
なかなか浮上してくれない。
最後はやっぱり母親である姉の胸に抱きついて、
落ち込みを癒していた。

  
甥っ子ほどではないけど、
私も親の「ダメ」の言葉には散々凹んで来た。
親はやる前から「ダメ」の一点張りで、
本当に窮屈でしんどくて存在否定されてる感があった。

それを分かっているのに、
焦るとつい出てしまう「ダメ」の二文字。

甥っ子には可哀想なことをした。

姉曰く、「そのうち忘れるから大丈夫」だそうだけど、
やっぱり「ダメ」って言われたことは覚えているものだから、
それがどんなに小さな些細なことでも、
今後は本当に言わないように気をつけようと思った。

 
ごめんよ、甥っ子。
  
  

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虚しいなぁ

友達のクラブパーティーに来てる。

顔見知りの人達に声かけられるけど、
健忘症のせいで名前が出て来ない。

申し訳無さと気恥ずかしさで、
何とも言えない気分になる。


なんでここにいるのかな。

なんで一人でいるのかな。

友達はいるけど、虚しさばかりが今日は募る。


早めに帰ろう……。

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体がもたない

母の入院で夕食を作っている私。
そんなに凝ったものは何も作ってないのだけど、
日々あり得ないくらい疲れる。

そして、きちんと眠れない。

10時頃すごく眠たくなって、
うたた寝してしまって、
12時過ぎに起きてお風呂に入って。
眠るのは3時過ぎ。

なのに、薬を飲んでいるのに、
目が覚めるのは6時半前。

  
もっと、ちゃんと眠りたい。

こころなしか睡眠薬を飲んでない時の方がよく眠れてる気がする。
これってどうなんだろう。
睡眠薬の必要あるんだろうか。

でも医者はマイスリーかサイレースどちらかと、
ペゲタミンBは飲んだ方がいいよって。

  
質の良い眠りをしてないって思う。
このままいったらいつか倒れるような気がする。

  
家事が少し増えただけでこんなにしんどいとは、
予想してたけど予想以上だ。

仕事だけでいっぱいいっぱいの私。

情けないなあ。
  
  

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皆既日食

会社の人たちと外へ出て見た。

会社のカメラで何枚か写真も撮った。
半月みたいなのや、三日月みたいなのが撮れた。

  
次は26年後だそうで、
その頃私は何をしてるんだろうかと本当に強く思う。

  
今と同じような仕事を続けてるんだろうか?

結婚して子供を持って、主婦してるんだろうか?

やっぱり独りぼっちなのか?

愛する人も見つけられずにいるんだろうか?

  
・・・悲観的なワードしか出てこないけど、
実際にはそんなに悲観してるわけでもなかったりする。

なんとかなるさ、どうにかなるさと思ってる。

  
26年後。
ちょうど60歳だ。

孤独な老人でないことを祈ってる。

友達や家族に囲まれて、
みんなでまた皆既日食を見れることを
切に願ってる。

  
そんな、ささやかな願いを思い起こさせてくれた
皆既日食なのだった。
  
  

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出会いは皆無

良い出会いってどこにあるんだろう。

別に彼氏候補との出会いとは限らない、
友達含めの出会いだ。

私はskypeをやっているけれど、
skype meにすると
必ず話しかけてくるのはH系。

この人は違うかもと話を続けていっても、
やっぱりH系に話が行く。

  
昨日初めて女の人から話しかけられたんだけど、
ちょっとテンポが掴みづらい人で、
なおかつ何故か上から目線の人だった。

コンタクトを追加したけれど、
正直あまり話したくはない。

  
出会いの氷河期なんだろうか。
本当に良い出会いが無い。
別に高望みしてるわけでもないのに。。。

  
そんなんなので、
ちょっと凹んでいる。

  
ああ、良き人と出会いたいなあ。
  
  

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非定型うつ

この間医者に行って、
姉達が懸念してた
「母はアスペルガーじゃないのか?」という質問と、
「この子(私)は躁鬱病じゃないのか?」という質問をした。

そしたら、
母は単なる躁鬱気質でアスペルガーなんかじゃないとのこと。

そして、
私は非定型うつと診断された。

  
非定型うつ。

  
全然知らなかった。
ここに詳しいが、
普通のうつと非定型うつでは全然違うようだ。

確かに当てはまる。
過食もそうだし、好きなことには頑張れるし。
「他人の顔色をうかがい、不安が強い」もそう。
思春期に親より全然慕ってた祖父を亡くした喪失感もあるし、
子供の頃の虐待じみた躾もこれに入るんじゃないだろうか。
詳しくは書けないけど、
「周囲の人の体験に怖い思いをした」も当てはまる。

  
そして、驚いたことに、
普通のうつでは「頑張らない」が基本だけど、
非定型では「ちょっとは頑張らないとダメ」らしい。
「多少は励ます方がいい」「毎日目標を持つ」ということも、
目から鱗のような気持ちになった。

そうか、なるほど。

境界性人格障害と併発が多いことも納得した。

  
普通のうつとは何か違うなあ………
と思っていたところだったので、
すごくなるほどと思った。

医者も伊達に医者じゃないな。

  
多少は頑張らないといけないのだから、
仕事、頑張ろう。。。
  
  

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止まらないから

また、過食が止まらない。

お腹が痛いのに、食べなければいいのに。

  
今日は梅雨空。
手足も変に冷えて、調子は低いまま。

  
今日は何種類のお菓子を平らげたろうか。

怖くて数えられない。

  
冷めたコーヒーでお菓子を流し込んで、
まだまだ過食は続く。

  
疲れてるんだろうか。

そうなんだろうか。

分からない。

分からないから、食べるんだ。
  
  

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日々のこと。

母が入院して4日が経った。

なんとか父とやり過ごしている。

  
元々父は家事を手伝うことに抵抗が無いので、
洗濯は全部任せてるし、
朝ご飯の用意はほとんど全部父がやるし(と言っても簡単な朝食だけど)、
食事の洗い物は私がするけど、その片付けは父がやる。

  
今晩は父がいなり寿司を作った。

母の入院が決まってから、
父は父なりに料理を勉強したようだ。
みそ汁も作れるようになった。
男子厨房に入らずとまではいかないけど、
これまで料理だけはやらなかったのに。

「母がいなくなってからのこと」も、
想定してるのかもしれない。

どっちが先に死ぬか分からないから。

  
もし母が先に死んだら、
今までの父だったら私は持て余すだろうと思う。

でも今は少しは料理も出来るようになったので、
覚える気があればだんだん覚えていくような気がする。

  
とはいえ、まだまだ料理のサワリしか分かってない父なので、
私が晩ご飯を作らないといけないのは変わりない。

  
明日は冷しゃぶしようかな。
簡単だし………。

明日は決まったけど、明後日はどうしようか。

  
働いてるから、買い物は父に頼むことになるので、
早めに献立を考えないといけないのだけど、
まったく考えつかない。

簡単な炒め物で我慢してもらおうかな………。
もらった夏野菜を消費しないといけないし、
献立を考えるのは本当にホネだ。

  
それでも、なんとか日々過ごしている。
それを感謝すべきなんだろう。

  
明日が済んだら、土曜日。
元彼と飲みに行く。
元彼と会うのは、生存確認みたいなもん。

今回は、誕生日のお祝いでおごってくれるということらしい。
私の好きな店に連れて行ってくれるようだ。

私は、貰い物のビールをあげる予定。
ウチは誰もビールが飲めないから、
ビール好きの元彼にあげるしかないのだけど。

  
会社でHPの更新をしないといけなくなって、
そのソフトが私の知ってるバージョンじゃないので、
そしてだいぶん忘れてしまっているので、
勉強し直さないといけなくなった。

自腹で本をアマゾンで買った。
明日くらいに届くはず。

本当はもうウェブはやりたくなかったのだけど、
お世話になってる社長に頼まれたら断れない。
もう一度、頑張ってみるしかないようだ。

  
少し………
少し、疲れてるけど、
まだ大丈夫。多分。

もうちょっと、頑張ろう。
  
  

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母の入院

昨日、母が入院した。

で、ゆうべは母が作り置きしておいてくれた料理に
ちょっと足して夕食を済ましたのだけど、
今日の昼からはそうも言ってられない。
まだ少し残りがあるとはいえ(父が昼に食べたいと言った)、
何か作らなきゃいけないのは変わりない。

何を作ってやればいいのか…………

父の好みは分からない。
それは私と父との埋まらない溝のようなモノがあるからだと思う。

普通に仲の良い親子ならば、知ってると思う。

  
ここに来て、姉と母の確執が表面化してきた。
姉は相当に母を嫌っている。
分からないでも無い。
姉はずっと放っとかれて育ったのに、
子供が出来た途端母がこれでもかと言うくらいちょっかい出してくるのだ。
姉にとってはたまらないと思う。

姉は、自分の子が可愛ければ可愛いほど、
どうして自分は親に愛されなかったのかと思って、
苦しくて悲しくてとてもしんどいのだそうだ。

そんな姉に私はかける言葉も無い。

ただ、キレても良いから、
一度母と向き合ってとことん話をするべきだよと。

  
確執を乗り越えるのは容易なことじゃない。
私も、15年を費やしたのだ。
それでもなおわだかまりは残っている。

姉がこれからその感情を手放すことが出来るまで、
どれだけの時間がかかるだろうかと思う。
それを思うと可哀想で泣けてくる。

父も母も、もう人生の残り時間は少ないのだ。
それに、どんどん頭も凝り固まってきて、
姉の言うことを受け入れるかどうかあやしいものだ。

  
私にできることは、
姉がキレた時に援護射撃することくらいか。

  
姉は実家に帰りたくないって本当にしばしば言う。
この分じゃ、お見舞いも行かないかもしれないな。

でも、母の自業自得だからしょうがないかも。

  
私が出来るだけ行ってやるしかないかな。
それも憂鬱だけど、しょうがない。
  
  

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誕生日

今日は誕生日。とうとう34歳になった。

長年の親友と、その彼氏と
クラシックコンサートに行った。
スペイン・ビルバオ交響楽団。

私のお目当てはカルメン幻想曲とボレロ。

どちらも想像以上に良くて、
初めて生で演奏を聴いたのだけど、ホントに感動した。

他の曲も勿論良かったのだけど、
この二曲はやっぱり期待してただけに、
期待以上だったことが相当嬉しかった。

  
耳で堪能した後は、
二人が天然の鮎料理を食べさせに連れて行ってくれた。
フルコース。
前菜に始まり、塩焼き、天ぷら、田楽、雑炊、など
もうこれでもかと言うくらい鮎を食べさせてもらった。
鮎は上手に食べられなくて心配だったのだけど、
きちんと焼いてあるので、頭から骨まで食べられた。
何も残さず食べて、完食。

二人には感謝しきりだ。
胃も、堪能させてもらった。

心も満タンに満足だ。

  
そんな素敵な誕生日を迎えられて、
私は幸せ者だなと思った。

まだまだ、死ねないなあ。
私のことを気遣ったり、支えたり、
かまってくれる人がいる限り、
頑張って生きてみようって、
そう、思った。
  
  

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誕生日前夜の誕生会

私は二カ所働きに行っていて、
そのうちの一カ所の社長が誕生日を祝ってくれると言ってくれた。
(前にも書いたけど)
で、仕事が終わってから、
どうしても社長を私に紹介してくれた、
ホステス時代から面倒見てくれているNさんにプレゼントしたくて、
退社後高島屋をうろついた。

お酒にしようか、靴下にしようか、ハンカチにしようか…………
でも、靴下はサイズが曖昧だし、ハンカチはありがちだし。

ホステス時代からお世話になりまくってたのに、
一度もプレゼントしたことが無かったので、
ホステス時代を思いだして、
そういえばNさんはよくモエ・エ・シャンドンを飲んでいたなあと、
えいっと奮発してモエを買った。
サイズは小さいが私の出来る精一杯の真心だ。

結果的に、「お前よく俺が好きだってこと覚えてたな〜」
と破顔され、ほっとした。

そしたら、社長と同僚のお姉さんから私にもプレゼントが!

社長は、なんと私が欲しいと密かに思っていた、
Nahui Ollinのバッグをくれたのだ!
すごく嬉しくてテンションも上がりまくった。
お姉さんは、「これで癒されてね」と、
身体を洗う可愛いスポンジをくれた。

美味しい料理を頂いて、
最後にはバースデーケーキまで用意してもらって。
Nさんと二人、バースデーソングを歌ってもらい、
ろうそくを吹き消して。

楽しく、美味しく、嬉しいパーティは幕を閉じた。

  
帰り、Nさんがタクシーチケットをくれたのだけど、
私の乗ったタクシーが軽い追突事故に遭い、
運転手が「お代はいいです、お体大丈夫ですか」
とのことで、ただ乗りしてしまった。

まあいい方に考えれば厄落とし………?

本当に軽い事故だったので、
体にも影響はないと思われるけど、
タクシーは前のバンパーがちょっと壊れたみたいだった。
話し合い、ついたのだろうか。

  
とにもかくにも、いい夜を過ごさせてもらった。

社長には本当に感謝だ。
Nさんにも感謝だ。

二人のために、今後も一生懸命働こう。
  
  

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バースデーパーティー

小さい頃からバースデーパーティーなんて縁がなかったけど。

やってもらった記憶がほとんどないのだけど。

呼ぶような友達もそういなかったから当然なんだけど。

  
今働いてるとこの社長が、お祝いしてくれると言う。
私をこの社長に引き合わせてくれたNさんが、
私の翌日の誕生日なのもあって、
二人まとめてお祝いしてくれると言ってくれた。

何が食べたい?
何が好き?

って、色々聞いてくれて、
あそこにしようかしら、あっちがいいかしらなどと
考えてくれている。

社長はいい人だなあ。

病気の私を雇ってくれて、
あまつさえ誕生日まで祝ってくれるなんて。

  
Nさんには感謝してもしてもし足りないな。
Nさんが、私のホステス時代に紹介してくれた人脈が、
今になって活きてきている。
ホント、ありがたい。
 
  
私は社長のようになりたいなって思う。
さばけていて、
あっけらかんとしていて、
前向きで、
押し付けがましくないパワフルさで、
いつまでも少女のように、いや、少年のように、
夢を追いかけている。
それを現実にしようと頑張っている。

そんな彼女の役に立ちたいと思って、
仕事を引き受けた。

私のできることは限られてはいるけれど、
まだまだできないことはたくさんあるけれど、
それを咎めたりもしない社長。
できることを、できる範囲からやっていけばいいって、
言ってくれる。

Nさんも同じことを言ってくれる。

だからこの二人には頭が上がらない。
というか、好き。

だから、社長がNさんと一緒に祝ってくれると聞いて、
すごく嬉しかった。

今から、10日が楽しみ。
どこに連れて行ってもらえるんだろう。
久々にワクワクするなあ。
  
  

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携帯を替える

新しい携帯に替えた。

電話帳を整理‥‥‥
もうずっとコンタクト取ってない人は削除して‥‥‥
主たる人の電話帳には写真を付けて‥‥‥
壁紙登録して‥‥‥
メールの振り分けを登録して‥‥‥
テスト送信したりして‥‥‥
着信音をカスタマイズして‥‥‥

と、一通りのことはした。

でも、前の機種のバージョンアップ版だから、
あまり目新しい機能も無くて、
面白味には欠けてる。

  
でも、今回この機種にしたのは、色が気に入ったからだ。
シルバーの外観に内装はバイオレット。

重さも欲しいなと思ってたのより随分軽かったし、
もう一つ候補にしてた機種は
私がよく活用するBluetoothがついてなくて、
これにはついていたし、
何せちょっと前の機種なので、月賦が安いらしいのが良かった。

でも、ちょっと店頭のお姉さんの説明は分かりにくかったなあ。
もう少し説明分かりやすくならないものかな。

  
そういえば、今までストラップというものを買ったことがない。
いつも誰かが何かくれてた。
それか、何かの粗品や懸賞で当たったものを使ってた。

前の機種の時も、大学の友達がパワーストーンのストラップを、
元同僚がお金が貯まるというカエルのストラップをくれて、
大事に使っていたのだけど、
今度の携帯には色がどうもしっくりこない。
とうとう、自分で買わざるを得ないかな。。。

ホントは二つとも思い入れのあるストラップだし、
彼女達の真心がこもってるので、使い続けたいのだけど、
いかんせん色が合わないというのは痛い。

でも、どんなの買ったらいいんだろうなあ。
あんまりお金かけたくないし‥‥‥。

ヤフオクででも見てみるか。
  
  

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印象

昨日、会社関連の飲み会で、久々に会う人たちに、
印象が変わったと言うようなことをすごく言われた。

病気して、前のような剛胆さとか、
怖いモノ知らずなところとか、
男っぽいところとか、
そういうところが失われたとは思う。

でも、前の私を知ってる人たちは、
それがこそばゆく歯がゆく思えるわけで。

あまり喋ったことない人たちは、
今の私が標準装備だと思うわけで。

印象って大事。

でも、確かにこれはネガティブチェンジなんだけど、
それをどうにかして
イメージチェンジの良い機会にしたいと思ってる。

例えば、女らしくするとか………。
前みたいな下品なことは言わないようにするとか………。

  
最近、髪型を変えてから買う服も変わってきたし、
良い印象になるように変われたらいいなと思う。

もしそれが平々凡々な女になってしまうとしても、
もう、それでもいいんじゃないかと思う。
だって、私はなんら特技を持たない、平凡な人間なのだから。

  
きっと、私に幻想やある種の思い込みを抱いてくれていた人は、
がっかりしただろうな。

でも、これが今の偽らざる私。
それを出して行けば、それでいいんだ。
きっと。
  
  

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極論

母に、
「私アンタの入院中の家事なんてできへんよ」
と言った。
そしたら、
「やれることだけやればいい」
と言うのだけど、
「アンタは私の病状考えずに手術決めて来たけど、
 うつの治りかけに無理したらいかんことくらい知っとるやろ」
と言ったら、
「そんなら、私に死ねって言うのか!
 こんな痛み抱えたままで生きとる意味なんかあらへんやろ!」
と突然逆切れ&極論に走る。

結局私の言いたいことは伝わらなかったみたいだ。

この間姉とも話していたのだけど、
母はアスペルガーじゃないかと。

最初は一番上の姉がそう言い始めて、
二番目の姉も最近の母を見て特に同調し始めた。

私も少なからずそう思う。

今更検査(?)してアスペルガーかどうか調べるのもなんだけど、
もし機会があったら調べて欲しいものだ。

というか、私が精神科医に聞けばいいのか……。
母も同じ医者にかかってるのだから。
医者なら、何らかの見解は持ってるだろう。
今度、聞いてみよう。

  
母の極論は今に始まったことじゃなくて、
何かと言うとすぐ極論に走って私たちを困らせるのだ。
父もよくこの母に付き合ってこれたなと思う。
そのくらい母の極論は聞いていて疲れる。

  
私のうつの症状を誰より心配して、
毎日のようにお父さんと話していると豪語する母。

そんな人が、私の病状を無視して手術なんか決めますか。

確かに痛みは辛いだろうけど、
私は今が治りかけだと信じて、もう少しの時間が欲しいと思って、
冬に手術してくれと言ったのだ。
そしたらもう少し色々できるだろうからと。

なのに、母は無視した。

  
こうなったら、私も無理しない。
父には悪いけど、自分の出来ることしかしないことにする。
私は無理がきかないのだ。
極論に走るなら、私も極論で応戦する。

それしか、ない。

  
父、ごめん。無理。
  
  

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できるわけない

7月は自分の誕生月とともに、
両親の誕生月でもある、イベント月だ。

今年は、それに加え、
母親の膝の手術という大イベントもある。
何週間入院か分からない。
私は、その間家事をしなければならないのだけど、
正直する自信が無い。
あれもこれもする自信が無い。

やっと、働くことができ始めたばかりなのに。
やっと、週4日働けるようになってきたばかりなのに。
家事と両立なんてできっこない。
  
  
母は自分が痛みから解放されたいから、
私の病状は無視して話を勝手に進めて来た。
私からしたらえらい迷惑な話だ。
中休みの水曜は、いつも寝てばかりいる、
そんな状態なのに、週4日でそんなギリギリの状態なのに、
家事までできるわけが無い。

元彼はそのくらいやってやれよと言うけれど。
姉もそのくらい当然でしょと言うけれど。

治りかけのうつがどんなに危うい状態か、
知らないからそんなことを言えるんだ。

突然負担の大きなことをさせて、
ダメになることだってあるんだ。
それが、どんなに大きなダメージか、
親も分かってない。

  
そういえば、このことは医者に話してなかったな。
言ったらなんて言うだろう。
この間行った時に言えば良かったな。
ことによったら、親にそれは無理ですよって
言ってもらえたかも知れないのに。
言ってもらえばよかったな。。。

  
でも、一番憂鬱なのは、父と二人きりだと言うこと。

母屋と離れだから一緒に居る時間は少ないけど、
一緒に居なければならない時間が辛い。

父とのわだかまりは(向こうは感じてなくても)
私には辛いものだ。
やっぱり、本当に父のことが苦手なんだなと実感する。

  
私の誕生日の翌日、母は入院する。
その翌日、手術。

私はきっとその週は仕事を全部休まないといけないだろう。
そういう迷惑も母は考えてくれてはいないようだ。

今から、憂鬱。
本当に、憂鬱。

誰かに代わって欲しい。
逃げてるだけかもしれないけど。
  
  

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